グアナカステ保全地域

IWAのブログです。主にエッセイ

ミッドナイト・エクスプレス

学生時代色々なアルバイトをしてきたが、その中に
運送会社の受付
というのがあった。

体力に自信があったので、荷受作業をするつもりで申し込んだのだが
履歴書の趣味の欄に「書くこと全般」と記したせいだろうか
その夜の電話で

「君、書記やってくれない?」
「え?なんですか、それは」
「トラックの出入りの記録を書いたり、受付でドライバーさんの応対をするの」
「はあ・・・まあ、いいですけど」
「じゃ、明日から頼むよ」

どちらかと言うと対人は得意ではない。
むしろ大の苦手と言った方がいい。コンビニでおでんを注文する時すらドモってしまうような男だ。
そんな男が初対面の人の応対なんかできんのかな。
とんでもない仕事をOKしちゃったなという気持だった。


翌日から、その運送会社の受付に座ることになった。
たいていは僕とマイク・タイソン似の正社員の男と二人で。
受付に野郎2人が座ってドライバーが嬉しいわけがないだろ
と思いつつ、その慣れない仕事を何とかこなしていた。

毎日40人ぐらいのトラックの兄ちゃんが受付にやって来る。
中には気前が良く、わざわざ配送先の名古屋からお土産を買ってきてくれる人もいた。
トラック運転手と言うと硬派で怖いイメージがあるが、実際は物腰が柔らく優しい人も多い。

そのうち僕も慣れてきて、やってきたドライバーとモノマネ対決をし、 勝ったドライバーにコーヒーをタダで配ったりするようになった。
騒ぎすぎて上司のカミナリが飛ぶこともあったが、 最も向いてないはずの対人仕事をこなせてる自分が嬉しかったのだ。

とはいえ
10人が10人、そのノリに合わせてくれるほど世の中甘くない。
神は必ずどこの場所にもジョーカーを仕掛けてくる。

K運送

当時、その会社におけるジョーカ-はここだった。
K運送のドライバーがやって来た時は会社の中に独特の緊張が走った。
トラック会社にはそれぞれ芸風みたいなものがある。

S運送=愛想のいい人ばかり
H輸送=全員が東北弁のお笑い芸人風

といった具合に。
そしてK運送の芸風はと言えばズバリ

ヤクザ

だった。

ここでK運送のデータを簡単に紹介すると

パンチパーマ率
80%(5人中4人)


残り1人はリーゼント。

グラサン率
60%(5人中3人)


しかも全員青か紫のグラデーション
残り2人は僕を露骨に上目遣いで睨んでくるので
むしろグラサンはかけててくれよ、と思った。そして

しゃべる時の巻き舌率
100%


たまに何もしゃべりかけてこない時もあるが
それは無言のクレームで僕を威圧してる時だ。
つまり

常に怖い

一度5人がまとめて受付に勢揃いしたことがある。この時は新組長の襲名披露でも始まるのかと思った。
もちろんK運送は会社内でそれだけの勢力を築くだけあり、仕事ぶりはどの会社より速かった。
受付への到着は常に5番以内。当然仕事の利率がいいので会社側も手放さない。

しかし僕的には
「速い=スピード違反」
ってことなんじゃないのか、というシンプルな疑問が常に頭の中にあった。

一度、同じ時間に出発した世田谷発の近距離便より早く長野から到着したことがある。(通称マッハ事件)
この事件以来、さすがに皆懐疑的な目で彼らを見るようになった。

あいつらフェラーリエンジンでも積んでんのかな?

そんな嘘とも冗談ともつかぬ噂をベース長ですらも口に出すようになった。
実際彼らは当たり前のように車をカスタマイズしてたし、他の車と比べるとあまりに速さが桁違いだった。
F1でいえば全盛期のセナとルーキー1年目の井上隆智穂ぐらいのタイム差。
その異常な速さをいつの間にか僕らも都市伝説のように語り始めていた。

そんなある時、K運送のヤクザドライバー(一番ヤバそうな人)が受付に飛び込んできた。
夜中の4時に。

「お゛い゛」
「は、はい、どうしました?」
「来ね゛えよ」
「え?何がでしょう?」

「何が、じゃね゛えんだよ、人来ね゛えんだよ」


トラックが荷下ろしに出る際、たいてい「横持ち」というサポート役のアルバイトが一人ついて行くことになっている。
それをマイクでアナウンスするのが僕の役割なのだが、どうやらアルバイトが時間通りに来なかったらしい。 それで怒って受付に怒鳴りに来たのだ。

「すいません、今すぐ呼んできます」
「ぞんな゛時間はね゛えよ」
(い、いや、別に急ぎの仕事でもないし・・・ )

彼のプライド上、他の車より遅れを取ることは許されないらしい。
恐れていた最悪の一言が飛んできた

「お゛前が来い」


「ぼ、僕っすか・・・」
「お゛前だよ」
「いや、でも受付の仕事あるし・・・」

上司の方に顔を向けると
俺を巻き込むな、さっさと行け
という内容のことを目だけで訴えてきた。

(よりによって一番怖そうなのと・・・)

「ほら゛、行くぞ」
「は、はい」

重い足取りで階段を下り、ヤクザのトラックにおそるおそる近づいた。
予想通りというか、ベタすぎるというか・・・
まずトラックの側面に

浮世絵が見えた

写楽とか北斎とかそんなセンスのいいものじゃない。
雲の上で龍とマジで戦っている鬼の浮世絵だった。
しかも鬼が圧勝している。

どんなシュールレアリズム・・・

他にも何か描いてあったが、全体を覆い尽くす金色のペインティングがヘッドライトに反射してよく見えなかった。
よーは、ありえないほどの金ピカド派手トラックなのだ。
僕は車体を汚さないよう細心の注意を払って車に乗り込んだ。

「し、失礼します・・・」

すると、いきなり試練が。と言うか罠が。
助手席には、行く手を遮るようにせんべいの袋が山のように積まれていたのだ。

今考えると、気にせず普通にどかして座ればよかったと思う。
しかし動揺する気持が僕によけいな一言を言わせた 。

「あのー、こ、これって、上に座ったら、ダメ、で・・・?」

当たりめ゛え゛だろ!!」 (超食い気味に)


ヤクザは僕の3センチ先まで顔を近づけ、叫んた。
いきなり雰囲気作りに失敗。最悪のスタートを切ってしまった。
SASUKEで言えばローリング丸太でいきなり落ちる山田勝己並みの大失態。
車が発進した後も重い空気が続く。

(ああ、ドラえもーん、時間先送り機出して・・・)

ありもしない道具を妄想しながら、この空気から逃れるための権謀術数を考え続けた。
突然、脳裏に名案がひらめいた。

ここは彼ご自慢のトラックを誉めてごきげんを取ろう。

日本人丸出しのゴマすり作戦だが、とりあえずの緊急回避策としては悪くない。
そう考えた僕はどこか誉められそうな場所はないかと車内をいそいそと探し始めた。
何かないかな・・・・・うーん、ぜんぜんねーな・・・・・あ、そうだ。

さっきの鬼があるじゃないか。

あれを誉めよう。
おそらく彼もお気に入りの絵に違いない。
かなりの金がかかってそうだし、彼にとっては命と引き換えても惜しくないものだろう。
さっそく作戦実行。

「あの・・・」
「あ゛ん゛?」
「トラックに描いてある鬼かっこいいですね」
「あ゛に゛?」
「龍と戦ってる鬼、すごくいいっす」
「鬼??」
「はい、トラックの側面に書いて・・・」

「あ゛れ゛は神様だよ」


「ひええええ、す、すいません!!」

またやっちまった・・・
命と引き換えにしても惜しくない神様を「鬼」呼ばわりしてしまった。
でもわかんねーよ素人には。 どう見ても鬼だろ、あの全裸の赤い化け物は。
チラっと横を見ると、露骨に不機嫌そうなヤクザの顔が目に入った。
もういい、こいつとの友情を築く無謀なチャレンジはやめにしよう・・・

地獄のような無言時間の後、トラックは目的の営業所に到着した。
もはやヤクザは言葉を「う゛」しか発せず、目だけで僕に指示を出してくる。
バケラッタ」しか言わないO次郎と作業してるかのようだ。(見た目違いすぎ)
深夜5時の冷え込んだ夜空にカッコーの鳴き声だけがやけにやかましく聞こえた。

作業を終えると、再びせんべい山を乗り越え車に戻った。
帰りはたぬき寝入りでもしようかな・・・
そう考えたが、今日のアゲインストの風では寝たことすらキレられる公算が高い。
そんなことを泣きそうな顔で考えてると突然ヤクザが話かけてきた。

「おい、お前におも゛しれ゛え゛ものみぜてやるよ」
「え?おもしろいもの?」
「あ゛あ゛」
「な、なんですか???」
「見でろ゛」
「え・・・何・・・」
「いいがら゛見でろ゛」
「はい・・・」

「この先、会社までノーブレーキで走っでや゛っから゛」


「!!!!!!」

ここ町田の現場から昭島のベース店までは20km近くはある。
深夜で車量数は少ないとはいえ、通過する信号は10個以上はあるはずだ。
奴はそこを全て青信号で通り抜けてみせてやると言った。
しかしそれを実現するためには、破らなければいけないものがあるように思えた。

法定速度

「い、いや、そんな、無理しなくていいすよ・・・」
「ビビってんじゃね゛えよ、そら゛いぐぞ!」

僕が止めるのも聞かず、車は突然すさまじいスピードで加速し始めた。
バカによるインディ500レースの開始である。

ブロロロロロロオオオオオ-----!!!!!

10tトラックとしてはありえない高音のエグゾーストノートが夜空に響き渡る。
こ、これが噂に聞いたフェラーリエンジンのパワーか・・・。
恐怖のあまり僕は顔をしかめ、ほとんど目を開けることができなかった。
途中チラッとヤクザの方を見たが、その顔は完全に麻◯中毒者のアレだった。
(こ、こいつ目がイッちゃってる・・・)
結局、ヤクザはその20kmの距離をわずか15分たらずで走破してしまった。

「お゛ら゛、づいたぞ」
「あ、ありがとうございま・・・・・(放心状態)」


以来、そのヤクザはけっこう気さくに話しかけてくるようになりました。
奴が言うには僕が「生きるか死ぬかの時間を共有した仲間」だからだそうです。
いかにもヤクザっぽい考え方だ。
ただ死ぬ時はおまえ一人だけにしてください、お願いします。

※やや誇張してますが、一応、彼の運転する車はギリギリで法定速度内だったと思います。
四捨五入すれば。