グアナカステ保全地域

IWAのブログです。主にエッセイ

私をスキーに連れてって

高校に入学し、部活は何部に入ろうか悩んでた頃の話です。

中学時代は帰宅部だった。
最初は美術部に入っていたが、中1の途中で東京から仙台に転校したため、
新たに入部するタイミングを失ったのだ。
田舎はほぼ全員が部活に入るから、これはかなり目立つ。
そして、田舎で目立つという行為は、不良の格好の餌食になることを意味する。

ある日のHRで不良の一人が僕を応援団幹部に推薦してきた。
あいつだけ部活やらないのはズルい」という社会主義丸出しな理由である。
そしてクラス全員による多数決の結果、32-0の完封で僕の応援団幹部が決まった。
(不良に無理やり手を挙げさせられたので32の中に僕も入っている)

今の時代こんなことしたら完全なパワハラだ。
しかし当時はそんな言葉も価値観も存在しない。
朝の声出し練習で「声小せえ!」と罵倒してくる不良。「やめなさい」と言いつつ爆笑する女子。あろうことか叱るべき担任までが必死に笑いを堪えていた。

高校で再びそんな目にあったらたまったもんじゃない。
童貞にもプライドがあることを今こそ見せつけねばならない。
僕は高校の部活動だよりを引っ張り出し「二度と応援団にされない」を唯一のコンセプトに部活選びを始めた。

まず全ての文化部が候補リストから外される。
生物部とか写真部とか超ラクそうだが、ラクなとこほど応援団に選ばれるリスクが高い。
もしクラスに帰宅部がいなければ、応援団ドラフトの1位指名は間違いなくここだ。
つまり

運動部一択

とは言ったものの、このメガネ童貞に得意なスポーツはない。
バスケを見るのは好きだが、入部したら応援団以上のきついシゴキが待ってるような気がする。それじゃ本末転倒だ。

一応、小学生の時3年間水泳を習っていた。
ただ一回、背泳ぎのゴールで頭を強打して流血し、それ以来恐怖症になって辞めていた。
とはいえ、このメガネ童貞にできるスポーツは他に何もない。(二度目)

「やっぱこれしかないか・・・」

水泳部に決めかけてたとき
ふと、校舎に掲げられたタレ幕が目に入った。

「祝 水泳部 全国大会出場!」
「いけ!水泳部!!魂の泳ぎで全国優勝!!」

うわ・・・ガチ勢じゃん

この学校の水泳部の練習のキツさは噂に聞いていた。
毎日鬼顧問の罵声とともに10キロは泳がされる。
別名「戸塚スイミングスクール」と呼ばれてるようなとこだ。



ここに入ったらシゴキどころか過労死も視野に入れなくてはならない。
しかも長年の童貞で想像力が豊かになり、海パンをはくと確実に勃起するという性癖もある。
これでは体力以前に倫理上の問題でアウトだ。
最後の砦、水泳部もNGになった。

再びふりだしに戻る。
僕は校舎横にある部室の前を一つ一つ通過しては
「違う、ここも違う・・・」と幽霊のようにさまよい続けた。
そんな絶望に打ちひしがれる僕の前に、ある部のポスターが飛び込んできた。

「山岳スキー部」


ん・・・・?


スキー・・・・??





ここは宮城県のド田舎ということもありスキー部が存在した。
車でわずか30分の所にスキー場もある。
体育会系の匂いは全くしないけど、体裁上運動部だから応援団にもされない。
まさにグレイゾーンを求める僕のために用意されたような部だった。

田舎で良かった・・・

僕は心底そう思い、すぐさま入部を決意した。
これで応援団にされなくて済む・・・。
中学時代の悪夢と決別できる満足感で胸が一杯だった。


3日後、初めて先輩部員との顔合わせの日を迎えた。
新入生の入部は男子6人、女子4人。
しかも女子はみんな可愛い子揃い。

ほら見ろ

安易に水泳部を選ばなかった自分のセンスに心の中で拍手した。
バラ色の3年間、童貞喪失、スキー推薦で大学入学・・・・
童貞ならではポジティヴな未来像が次々と浮かぶ。

新入生同士で談笑してると、やがて山岳スキー部の先輩達が現れた。
スキーのチャラいイメージとは違い、硬派な感じの人が多い。
女子が一人もいないのが気になったが、同学年に4人いるしまあいいか、と特に気にしなかった。

そして最後に部長が登場。
どんな爽やかなジャニーズ系部長が出てくるかと思った僕は
思わず目を疑った。そこにいたのは

純度100%のヒマラヤ男

だった。

「押忍!本日は我が山岳部に入部してくれてありがとう!」

日本兵みたいな話し振りに頭が痛くなった。
今例えるなら、エンタの神様に出てた「世界のうめざわ」に声が似ている。
だいたい山岳部の間の「スキー」はどこへ行った、ハショるんじゃねえよ。

一通り部長の演説が終わると、この部では山登りもするということがわかった。
「山岳」スキー部だからそりゃそうなんだが。
まあスキーは冬しか行けないし、春夏は山登りで体力作りするのもいいか・・・。
僕はしぶしぶ部のコンセプトに承諾し、正式入部することになった。


1ヶ月後、早速2泊3日で新人歓迎登山が行われた。
場所は泉ヶ岳。
ここが冒頭でも述べた冬になるとスキー場になる山だ。
とりあえず当初の目的地に着くことはできた。
しかし何かが余計な気がする。それは

この肩に背負ってる荷物(推定20キロ)だ。

重い・・・死ぬ・・・

一日何時間も歩かされ、完全に腰をやられた。
帰宅部の童貞にいきなりこの試練は厳しすぎる。
2日後、ヘトヘトになって帰って来た。
終わるとあまりのキツさに

女子4人が全員やめた

マジかよ・・・・・・

さすがにこれはショックだった。
残りがもっさい野郎だけになってしまった。
爽やかなスキー部のイメージからどんどん遠のく。

これで卒業まで童貞確定か・・・・・・
(バカの為、クラスやバイトで彼女を作る発想が全くない)


季節は代わり、今度は夏山合宿で朝日連峰に行くことになった。
日本百名山の一つで、登山経験1回の初心者にはかなりの難ルートだ。
そこを6泊7日の長丁場。荷物も1人30キロは背負わされるという話だった。
つまり



完全ガチ


当日、僕は死んだ目のまま朝4時に仙台駅に集まり、電車で山形まで向かった。
そこからバスで計6時間かけて、登山口となる山小屋に到着。
川の近くだったこともあり、野生のアブが大量発生していた。体中刺されまくり。
もう嫌だ・・・こんなの自衛隊イラク派遣と変わらねえ。

しかし、それもこれも全て冬に行くスキーのためだ。
とにかく何も起こらず無事に終わってくれ・・・。
夜中、寝ながら都会の倍は明るく見える星に向かって祈った。

二日後、さっそく事件が起こった。
ベースキャンプに着くと、僕達1年生は山頂でテントを張っていた。
すると突然の大雨が降ってきた。しかもすごい雷。
山の天気は変わり易いと言うが、いくら何でも変わりすぎだ。
雷の音もハンパない。山の頂上だから地上とはボリュームが違う。

おい・・・これ、テントに落ちねえか・・・?

1年生全員の頭に同じ考えがよぎった。
みんな見る見るうちに顔面蒼白に。するとそれを察した部長がニコリと笑みを浮かべながら言った。

「光ってから雷が落ちるまで1秒=1キロだ。 これが3キロ離れてれば安全圏。雷がテントに落ちることはない。(キリッ!)」

あ、そうなんだ。
相変わらずウザったい口調だが、さすがベテランの知恵。ただのヒマラヤ男じゃなかった。
よし、みんなで数えてみようということになった。
雷が光るのを待つ。

ピカッ!!!

「来た!よし数えるぞ! いー」


ドカーーーーーーーーーーーン!!!!(食い気味)



↑↑↑真上↑↑↑



「・・・・・・・・・・・・・(全員気絶)」

 

震えながら待つこと30分、ようやく悪夢のような雷は過ぎ去った。
「良かった・・・」1年生が肩を抱き寄せて喜ぶ。ふと見ると部長がアホ面でジャンプを読みふけっている。
しかも「シェイプアップ乱」で爆笑してたので余計に怒りが込み上げた。
今考えると、僕はあの時人生の運の半分は使ったような気がする。
いまだ独身なのは、たぶんそのせいだ。


安心したのも束の間、翌日更に追い打ちをかけるような出来事が。
目の前に巨大な雪渓が現れたのだ。
ここを登ることは事前に知らされていた。しかし
去年、滑落で2人死んでるという情報はその時初めて知った。

「あー、ビビると思って教えなかったよ、うひゃひゃひゃ!!!」

部長高笑い。
この時、マジで雪渓から蹴り落として3人目にしてやろうかと思った。
雪渓の入り口を見ると、次のように書かれた看板があった。

「この条件に満たない者は登るべからず」

そこには
「登山経験が3回以上」「アイゼン(雪を登る時用のスパイク)を所持してる」・・・
など登るための条件が10個書いてあった。
読んでみると

10か条すべて当てはまらなかった

部長「ちゃんと読んだか?読んだら登るぞ」

もう意味がわからない。
ベテランの部長でさえ4か条ぐらいしか当てはまってないような気がする。
おまえはどうか知らないが、こちとらまだ童貞だ。
ここで死ねないモチベの高さがおまえとは違うんだよ!!(10か条以前にこの発想がすでに山男失格)

何度も滑落の危機に瀕しながら、その雪渓を約4時間で登りきることができた。
何の特徴もない童貞男だが運だけは人より強いようだ。
奇跡だ・・・死んでない・・・
短時間でありえないくらい運を大量消費し、この先もし30代で病死しても文句は言えないと思った。

しかし、試練はまだ続く。
雪渓の上に広がる雑木林にこんな看板があった。



またかよ。
ハンターハンターのククルーマウンテンかここは・・・)
そこでまたヘラヘラ顔のバカ部長に
もしクマに逢ったらどうすればいいんっすか?となげやりに聞いてみた。
すると

「目をじっと見て威嚇しろ、そうすればクマはおまえが自分より強いと思って逃げる。(キリッ!!)」

なるほど、たしかに動物は自分より強いものを襲わない本能があると聞いたことがある。
こちらは身長166センチ、体重50キロ。しかも銀ブチメガネをかけた童貞男。
相手の目をじっくり見さえすれば、間違いなく襲って・・・




くるよ

余裕で襲ってくる。クマにとっては勝率10割の相手。
どう考えても体格差がありすぎる。
プロレスでいえば、ビッグバン・ベイダーがミゼットレスラーと対戦するようなものだ。
つまり

クマに出会う=死

ということだ。
ある日、森の中、熊さんに出会って、すたこらっさっさーと逃げたら死ぬのだ。
いっそのこと一人で引き返そうとも思ったが、この地では仲間と離れることも死を意味する。
つまり、僕には「死に瀕する」以外の選択肢が残されていなかった。

その後も旧日本軍のような地獄のスケジュールをこなし、ようやく最終日を迎えた。
とにかく僕と部員達は生きて下山することができたのだ。
足は靴ズレで皮が剥け、体力的にも精神的にもボロボロだったが
死んでない
その事実だけで十分だった。
色々と言いたいことはあるが、無事に下山させてくれた部長には心から感謝している。ありがとうさんよ!ペッ!!!


そして季節は過ぎ、待ちに待った冬がやってきた。

スキーだああああああ!!!

地獄を経験してきた分、待ちに待った感も格別。
すでにマイスキー板を買って、準備万端の部員もいた。
しかも、この日を待っていたのか、あろうことか

女子部員が全員戻って来た

うわ、調子いい・・・つーか、僕もそうすれば良かった!
でも最高の展開だ。童貞喪失の希望まで湧いて来た。
今日、ついに僕の青春時代が幕を開ける。

僕は待ちきれず、どこのスキー場に行くのか聞きに行くことにした。
無難なのは春山で行った泉ヶ岳だ。
しかし今までの鬱憤を考えれば、豪華に蔵王ぐらいはゲットしたいところだ。
部室へ走り、満面の笑みで部長に声をかけた。

「部長!」
「ん?」
「もう決まりました?」
「ん?」
「冬の予定ですよ!」
「おお、その話なんだが・・・・」
「はい!」
「今、八甲田山の登山ルート調べてたとこだ」
「え?」




死確定


今頃気づいたが、部室の「山岳スキー部」の「スキー」の部分がいつの間にか消されていた。
このヒマラヤ男にはスキーに行くという考えが最初からなかったのだ。
騙され続けた僕らも悪いが、まさかこの年で詐欺商法にひっかかるとは思わなかった。
ああ・・・・・応援団に入っておけば良かった・・・・・。

結局、その後は幽霊部員を通し、3年間で一度もスキーに行くことはありませんでした。