グアナカステ保全地域

IWAのブログです。主にエッセイ

日本人とパキスタン人

小学生の頃、パキスタン人の友達がいた。

カナダのトロントに住んでいた頃の話だ。
周囲には日本人も数人いたので、普通に彼らと行動すればいいのに、 なぜか僕はそのパキスタン人とよく一緒にいた。
名前は忘れてしまったが、一緒に勉強したりプールに行ったり、
こっちで言えば親友とでも言えるような間柄だった。

ある日学校で運動会があった。
カナダは英国の貴族文化の影響を受けてるから、という理由かわからないが、
競技の1位と2位の人はそれぞれ赤と青の勲章がもらえた。
特に赤を得ることが重要視され、「赤1=青5」というチョコボール的格差が存在した。

僕はその時点で2位が2回。1位の赤勲章が1つもなかった。
一緒に出てた弟がすでに赤を1つ獲得し、30分に1回自慢しにやって来る。
(おめえが勝ったのはデブ有利な風船割り競争だろが!)
しかしいくら強がってもこの戦場での赤の威厳は絶大だ。
普段いばってる僕も赤勲章前にただひれ伏すしかなかった。

時計を見る。終了時間まであと20分。
出れてもあと1種目。さて、どうしようか?
人間はこういうせっぱつまった時に本性というのが出るものだ。
たとえそれが8歳児でも。

ここは自分の最後の力を信じて精一杯頑張ろう。
  (他人の力を借りて、そのおこぼれをもらおう)

その時、ある種目の旗が目に飛び込んできた。


「3 LEGGED RACE(2人3脚)」


これだ。
これで足の速い奴と組んでおこぼれで1位をいただく。
なんて僕は頭がいい(小賢しい)んだ。
おぞましい苦笑いを浮かべながら、さっそく頭の中でスカウト会議を始めた。

まずは足の速い友人をリストアップする。
日本人は・・・誰もいないな。
やっぱ走るならアメリカ・・・でもアメリカ人って誰だ?
ティーヴ?いや彼はオーストラリアか。
じゃあニコラ、いやイタリアはいい加減そうだからやめよう。
それならいっそ発展途上国の方が・・・。
発展途上国


いた。


パキスタンがいるじゃないか。



もっともこの時点で彼が足が速いという確証は何もない。
パキスタンだからなんとなく速そう」という子供の偏見があるだけだ。
たしかにパキスタンは山岳地帯だし、山の中を裸足で駆け回ってるイメージがある。
だが待て、ここはカナダの大都市トロントだ。
カナダに移住してるパキスタン人ってかなりボンボンのクソおぼっちゃまなんじゃないのか?

しかし、そんな論理的思考が8歳の子供にできるはずもない。
僕は喜び勇んで一目散にパキスタンの元に向った。

「あ、いたいた!おーい!」
振り向くパキスタン人。

「あ・・・」

僕はその瞬間言葉を失った。
なぜなら、彼の胸には

勲章が一本もなかった

(どんなデブでも1本はつけてるのに・・・)
いや、もしかしたら何か理由があるかもしれない。気分が悪くてずっと休んでたとか。
きっとそうに違いない。気を取り直し笑顔で聞いてみる。

「あ、あれー?どうしたの?競技出なかったの?」
「12コもデタヨ」(僕の倍)
「あ、そう・・・」
「オオ!青が2つ!スゴイネ、スゴイネ」(実際は英語ですが、それっぽく翻訳してます)

彼は僕の屈辱まみれの青勲章をさも高価なネクタイのようにペラペラと触ってきた。
この時、さっさと別の人に乗り換えようとも思ったのだが
次の言葉が容赦なくそれを遮った。

「ボクもそれホシイな!一緒にナニかデヨウ!」



ヤバイ・・・


なんとかここはごまかさなければ。
僕はとっさの作り笑顔を装い

「で、でも2人で出る競技なんかないよ。残念だな~」
(すぐに)「2人3脚がアルヨ!アレデヨウ!」



知ってやがった


2人3脚に出るのは確かに予定通りだ。それはいい。
ただコンセプトが大きく違う。
動力になる奴を探してたはずの僕が、動力になるはずだった奴の動力になるという
かなりわけのわからないことになっている。
仕方ない。ここは適当な理由をつけて彼から離れよう。

「あ、ゴメン、教室にタオル忘れたから取ってくるね」
「タオル?それならボクの貸してアゲル!」



ねばるわー


時計を見る。残り12分。
もう他の競技に出る時間は残ってない。これがラスト。
もうヤケだ、こいつをはらたいらさんと思って全部賭けるしかない。
いつも素敵なパキスタン人に全部!

時間もないので、僕とパキスタン(めんどくさいので以後パキ君)は急ぎ足で2人3脚の列についた。
並んでる間、パキ君は勲章を得られるチャンスにテンションが上がったのか
ジーべー!ジーベー!」
と腕を上げながら何度も雄叫びを繰り返していた。
パキスタン式ハカみたいなものだろうか?正直うるせー。
すると「キミもヤッテ」ととびきりの笑顔で言うので、いつの間にか僕もそのハカに参加した。

ジーベー!」
ジーベー!(僕)」
「パッキターン!!」
「パッキターン!!(僕)」
ジーベージーベー!!パッキ・・・」


係の人に厳しく注意され、僕達の順番がやってきた。

「これを足に結んで」
係の人からロープが渡された。

パキ君がそれをうれしそうに受け取ると、突然の強風が吹いた
ロープはパキ君の手を離れて舞い上がり、弧を描きながらゆっくり落下した。
そして偶然にも僕が持ってた帽子にスッポリと収まったのだ。

「ナイスキャッチ!」

僕の好プレーにパキ君が拍手する。
帽子の中のロープを信じられないという表情で見つめる僕。
その瞬間、子供ならではの脈略のない自信が体中に湧き上がった。

(も、もしかして僕ら、勝てるんじゃ・・・)

見るとパキ君も同じ勘違いをしており、二人は固く拳を握り合った。
日パ親善条約の締結だ。

「よし、お前に任せた!そのヒモを結んでくれ」
「エ?」
「結んでよ。場所とかは君の好きな所に合わせるからさ!」
「ムスブって?コレどうスルノ?」
「だから足に・・・」
「アシ???」



こいつルール知らねえぞ


頭が真っ白になった。
期待した僕がバカだった。パキスタンを過大評価しすぎた。条約即刻破棄!
仕方ないので、急いで僕が結んでやった。
そして縛った瞬間、あろうとこかパキ君は

ピストルが鳴る前に全速力で走り出した

「おい戻れ!」と言っても、もうパキには聞こえなかった。
もっとも全速力といっても予想以上の鈍足だったので、余裕で着いて行くことができた。

1位でゴール(当たり前)

「カッタ!カッタヨ!」

狂喜乱舞するパキスタン
うなだれる日本。

(最後の競技だったのに・・・)
「ドウシタ、1位ダゾ、赤ダゾ、ヨロコベヨ!」
「・・・・・・・」



この後の展開は悲しすぎるのであえて書かないでおきます。
ただ一つだけ。
人間はキレるとあそこまで見事な右ストレートを放てるのか
という自分への驚きが残っただけです。


2ヶ月後、僕は日本へ帰ることが決まった。



パキは見送りに来なかった。