グアナカステ保全地域

IWAのブログです。主にエッセイ

仕分けの山下(改行直し版)

当時、僕は大学を留年し、暇だけはたっぷりあるという毎日を過ごしていた。
しかし金とやる気は丸でなかったので、いつも寝ながら考える事は
ラクして金を稼げる方法はないか」
というクズ類クズ目クズ科人間特有の甘い願望だけだった。
長期バイトは続かない、という揺るぎない自信があったので、自然と日雇いバイトを選ぶことになる。
仕事の責任を持つ必要もないし、嫌なら逃げたって構わない。
僕はたまに日雇いバイトに行っては1週間分のメシ代と漫画代を稼ぐ毎日を、ただただ亡霊のように(いやたぶん亡霊の方が忙しい)繰り返していた。


その日も派遣会社に電話し、押上の工場で仕分けの仕事をもらった。
「夜勤の軽作業です。そんな力とかいらないから」
「あ、そうですか」
派遣バイトしたことある人ならわかると思うが
軽作業=超重作業
というのが派遣業界の常識だ。
どうせクソ重たいもの運ばすんだろ、冷蔵庫とか冷蔵庫とか冷蔵庫とか。
まあいいやどうせ1日だし金もいい。最悪嫌なら逃げればいい。
僕はその仕事を二つ返事で了承し、翌日、歩きで(電車代もない)押上駅へ向かった。
駅から数分、指定された住所を見ると、工場のイメージとは程遠い小さな雑居ビルが建っていた。
当時「悩む」という思考すら放棄してた僕は、何の疑問もなくビルに入り、何の緊張もなくインターホンを鳴らした。
「こんばんは、派遣で来た◯◯です」
ドアが開き、薄暗い部屋から同い年ぐらいの女性が現れた。名札を見ると「古賀」と書いてある。
中を覗くと、大きな荷物が置いてありそうな雰囲気はなく、児童館のような小部屋がいくつかあるだけだった。
とりあえず重作業はなさそうだ、と安心してると古賀さんが耳打ちしてきた。
「誰にも言ってないよね?」
「は?」
「会社以外の人に言ってないよね」
「ええ、言ってませんよ、そもそも何やるかも聞いてないですし」
「なら入っていいよ」
僕は玄関を上がり、早弁を隠すようにコソコソ作業する従業員を横目に、一番奥の部屋に案内された。
「驚かないでね」
訝しげな表情で中へ入ると、そこには驚くべき光景、いや絶景が待ち受けていた。

「そういうことかあ・・・」
視界の360度全方面のパノラマで、エロビデオの大洪水が飛び込んで来たのだ。
しかもよく見るとツタヤにあるようなパッケージでなく、手作りの箱に手書きの文字を印刷した明らかに怪しいものだった。それが1万本近くある。
「びっくりした?」
古賀さんがイタズラっぽい表情で笑う。
相武紗季に似たその笑顔は、背景のくすんだエロビデオとのギャップで余計に可愛く見えた。
あのー、ビデオよりあなたみたいな美女が働いてることに一番びっくりしましたけど!


「じゃあ君は山下さんと一緒に作業して」
山下さんという名の50歳ぐらいの男の人が、ずらりと床に並んだビデオの前で黙々と作業している。
「◯◯です。よろしくお願いします」
「おう」
流暢に仕分ける山下さんのゴツゴツした手を見ると、かなりのベテランであることがわかる。その慣れた手つきは雀牌を並べるプロ雀士のようだ。
すでに並べてあるビデオのタイトルが目に入った。
「25歳若妻、パンティの香り」
「団地妻の欲望シリーズPart11」
パート11だって?大人気シリーズだ!
吹き出しそうになったが、真面目に作業してる山下さんに失礼と思い黙っていた。
「この列が人妻ね。この列が熟女。で、この列がOL、こっちは女子高生、こっちは・・・」
寿司職人のような険しい表情で山下さんが説明する。その顔やめてくれ、笑ってしまうから。
見るとビデオがジャンル別に10列並べてあり、タイトルを見ていずれかの列に置くのが僕の仕事のようだった。
なぜか右端の10列目の説明だけなかったので尋ねると
「あーそこはいい!気にしないで。初心者にはまだ難しいから」
と山下さんは大きな声で制するように言った。
その列に置いてある数本はタイトルもバラバラで、これと言った共通点もないようだった。
「とにかくこの9列だけ分けてくれればいいから」
そう言うと、雑多なエロビデオが入ったダンボール箱を僕に手渡してきた。
さあ、エロ仕分けゲームの始まりだ。


「全部で100箱はあるからね、素早い判断力が大事だよ」
山下さんの高いプロ意識にまた吹き出しそうになりながら、1つ目の箱を開けた。
一番上にあるビデオのタイトルを確認すると
「激エロ熟女の変態志願」
熟女ものだ。先ほどの説明だと熟女は1列目。
僕は素早くそのビデオを1列目に並べた。
「そう、それでいい。98点!」
いきなりミルクボーイ並みの高得点。
引かれた2点がどの部分かさっぱりわからないが、気にせず次のビデオに移る。
「人妻レイプ殺人鬼」
人妻は2列目だから熟女の隣だ。すぐに置こうとしたが、ふと同じ「人妻レイプ殺人鬼」が下にあるのが見えた。更にその下を見ると「人妻レイプ殺人鬼」、その下も「人妻レイプ殺人鬼」。その下もその下も・・・。
超人気作「人妻レイプ殺人鬼」がミルフィーユのように幾重にも重なっていた。
戸惑い顔で目線をうろちょろさせてると、すかさず山下さん
「こういう場合はね、まとめて取るんだよ。1本1本取ってたら時間かかっちゃうからね」
「なるほど、勉強になります」
僕は山下メソッドに乗っとり、10本の「人妻レイプ殺人鬼」を両手でアコーディオンのように持ち上げ、一気に同じ列に並べた。
「力あるね、普通初心者は一度に持てないよ」
「ありがとうございます」
バイト先で褒められた経験など皆無だった僕は素直に嬉しかった。
その後も、巨乳、ゲイ、女医、中出し・・・とミスなくこのエロ仕分けミッションをクリアしていった。
丸でこれが天職であるかのような、一生この仕事に身を捧げても構わない、という危険ドラッグに侵されたような気分になった。


しかし3時間後、男は突如ラスボスの襲撃を受けることになる。
「人妻・熟女の馬乗りファック3時間」
の出現である。
人妻、しかも熟女、これは1列目と2列目、どちらに仕分ければいいのか。
物を考えること自体放棄していた僕は、大学受験以来に脳をフル回転させた。
(タイトルは「人妻」が先だから、それを優先すれば1列目だ。しかし「人妻」の棚に並べば「熟女」好きがこの作品を見落とすことになる。複数あれば半分に分けるとこだが、残念ながら「馬乗りファック」は1本しかない。)
その時、ふと気になってた謎の10列目のことが頭をよぎった。
(もしや、こういう時の為の10列目なのでは?判別不能なものはそこに置き、後で山下さんが内容を吟味し、どの列か最終判断を下す。そうだ、そうに違いない!)
今考えると「なぜさっさと山下さんに聞かなかったのか?バカなんじゃないのか?」という単純な疑問が湧いてくる。
しかしその時、仕分けの鬼と化した僕のプライドがその甘えを許さなかった。山下さんに聞いたら人生負けのような気がした。
よし勝負だ。僕は一か八か10列目にそのビデオをそっと置いた。
丸で画集の上に檸檬を置いて本屋を去った梶井基次郎のように。


恐る恐る山下さんの顔を見る。
さっきまで無表情だった山下さんの顔色が完全に変わっていた。そして信じられないという表情で僕の目を凝視した。
「君!」
「はい」
「なぜこれがこの列ってわかった!?」
当たった。僕は心の中で中指を立て、武藤敬司ばりのウルフパックポーズを決めた。
「いや、何か山下さんの仕分け方に法則のようなものが見えまして。こういう場合は10列目じゃないかなと」
「えー、そんなのあった?自分ではわからないなあ。えーそうなんだ」
山下さんはやられたーという表情で天を仰ぎ、ポッケから取り出した煙草に火をつけながら続けた。

「そこはね・・・代々僕のお気に入りを並べる列なんだ」
「は?」
「山下レーンと呼んでいる」
「山下レーン?」
「あらかじめリストからお気に入りを選んで、見つけたらその列に並べるんだ。そして帰りに一本100円で買い取る。それが楽しみでこの仕事をずっと続けてるんだよ。あ、古賀さんにはくれぐれも内緒で」
「はあ」(ギリギリアウトですねそれ)
「後で僕が探そうと思ったのに、いきなり君がそこ置くからびっくりしたよ」
「はあ」(偶然って発想がないのかなこの人)
「いやー初日で僕の性癖に気づくとは。おそれいった!」
「はあ」(いや知らないし知りたくもないです)


そして6時間後の早朝、バイトが終わった。
「あ、僕今日だけなので」と山下さんに告げると、
「ええーそうなの?残念だなあ、久々にスジのいい若者が入ったと思ったのに」
エロビデオの仕分けに良い「スジ」があるかどうかわからないが、こんなクズを褒めてくれた山下さんには感謝の思いで一杯だった。
「じゃあまたいつでもおいで。明日でもいいからね」
僕がお礼を言うと、案内役の古賀さんが外まで送ってくれた。
「また来てね。待ってるわよー」
昨日、暗がりで美人に見えた古賀さんは、朝の日差しに照らされると50代のしわくちゃのおばさんだった。

R大学カンニング事件

1浪して挑んだ2度目の受験の話。
その年は第二次ベビーブームの影響で受験生の数はピーク。
大学に入ること自体が難しいと言われる状況だった。
日東専駒が「難関大学」と呼ばれたバブリーにも程がある時代である。

当然、僕のようなバカを受け入れてくれるとこはどこもない。
え、なぜバカかって?その理由は

卒業式の翌日、追試で学校に呼び出された

しかも2度。2度目は仙台から受験先の東京に「追試受けろ」と脅迫電話がかかって来た。(追試とは「電話口で先生が問題を出し10問正解したら卒業」というバカ専用のものです)
2時間半後、見事卒業。\(^o^)/
札付きのワルとはよく言うが、まさに札付きのバカである。

しかし、桁外れにバカな人間は、全て「ヤケ」と「カン」で行動するため、時に常人では考えられない奇跡を起こしたりもする。
例えば、ウド鈴木が円周率を700桁覚えてしまったように。
そして、その時「自分はそのタイプだ」と何の根拠もなく信じていた。

こうして偏差値41のバカ男は、名門R大学を出願する。
周りは「無理」「受験料のムダ」と止めたが、
「これは受験でなく、無理を可能に変えるプロジェクトなんだ」が当時の自分の口癖だった。
そして試験当日、早速一つ目のミラクルが起きた。

席がギッチギチ

会場の席と席の間が、休日の映画館のようなスシ詰め状態。全く間隔がない。
普通は1席開けるのが常識なのだが、その年は受験生が多く席が足りなかったらしい。
座ると、隣の奴とはもう肩がぶつからんばかりの状態。
そして育ちの悪い人間特有の発想がすぐに脳裏に浮かんだ。


これカンニングできんじゃん



しかも隣は銀ブチメガネの秀才っぽい奴。超頭良さそう。
「こんなとこスベリ止めにすぎねーんだよ、アホな奴らと一緒にすんな!」オーラも出しまくりである。
つまり、こいつの答案を写せば・・・

4月からR大生
合コンだらけの4年間→就職戦線一歩リード=人生の勝ち組

一生カンニングの疚(やま)しさは残るかもしれないが、そんなことは知ったこっちゃない。
いい大学を出れば評価されるという矛盾だらけで間違った社会を作った日本が悪いのだ。
ここまで好条件がそろえば乗らない手はない。
宇宙が僕に味方している。

1時間目英語
外国(スラム)育ちということもあり唯一の得意科目。これだけは自力でやる。
銀ブチが着ている「DIARRHEA(下痢)」トレーナーの恥ずかしさに気づいてない時点で、英語力は僕より下とみた。
おまえは国語と世界史担当でいい。この後頼むぞ。

2時間目国語。
さあ、こっからだ。
横目で銀ブチの答案を見る。

丸見え

しかもマークシート
ラスト5分もあれば難なく全ての解答を写すことができる。

2,3,1,4,2,3・・・・

今考えると、人間の運命がこの50数個の数字に左右されてると思うとバカバカしすぎて笑えてくる。
しかし、この時はこの数字がフィボナッチ数列のごとく高貴なものに見えた。

3時間目世界史
魔女裁判とギロチン処刑の歴史以外何も知らない。

全写し

ありがとよ!銀ブチ、終わったらジュースおごってやるからな。
いや、そんなことしたら「なんで?」って怪しまれるからやめとこう。
そして頭ではなく目が疲れる、というありえない体調で試験を終え、席を立った。

すでに頭の中は4月からのバラ色の学生生活のことでいっぱい。
ナンパ、激飲、スーパーフリー・・・。その時、僕の顔はたぶん半笑いだったろう。
すると、向こうから試験を終えた革ジャンの男が銀ブチのもとに歩み寄ってきた。

革ジャン「よーう」
銀ブチ(手をふって答える)

どうも知り合いらしい。
ずいぶんとガラの悪い友達がいるんだな、と思って見てると
革ジャンが銀ブチの肩をたたいて言った。

「おい、試験できたのか?バカけん」

バ、バカけん・・・・?

「できたのか聞いてるんだよ、バカけん!」

するとバカけん

バカけん「できるわけねえーーーだろ!」

しゃべるとアメリカザリガニのニワトリっぽい方みたいな声だった。頭痛え。

革ジャン「そうだよな!できるわけねえよな」

バカけん「今日は記念受験っスよ!」


記念・・・・・・




革ジャン「第一志望の(Fラン大)あさってだっけ?」


Fラン・・・・・




バカけん「そうっス、だから今日はもう適当っス」


テキトー・・・・




バカけん「あさっての大一番は当たって砕けろっスよ!」


しょっぼいタックル・・・・




革ジャン「バカけんにはその方が似合ってるよ!」


・・・・・・・・




僕はこの時、笑い転げる神の声をたしかに聞いた。

結局、そのショックを引きずり、その年は受験した10校を全て落ちた。
そして翌年、実力通りの無名教育系大学に入学。
これで良かったのだ。

ありがとう、バカけん。キミがあのときバカだったことは忘れない。

私をスキーに連れてって

高校に入学し、部活は何部に入ろうか悩んでた頃の話です。

中学時代は帰宅部だった。
最初は美術部に入っていたが、中1の途中で東京から仙台に転校したため、
新たに入部するタイミングを失ったのだ。
田舎はほぼ全員が部活に入るから、これはかなり目立つ。
そして、田舎で目立つという行為は、不良の格好の餌食になることを意味する。

ある日のHRで不良の一人が僕を応援団幹部に推薦してきた。
あいつだけ部活やらないのはズルい」という社会主義丸出しな理由である。
そしてクラス全員による多数決の結果、32-0の完封で僕の応援団幹部が決まった。
(不良に無理やり手を挙げさせられたので32の中に僕も入っている)

今の時代こんなことしたら完全なパワハラだ。
しかし当時はそんな言葉も価値観も存在しない。
朝の声出し練習で「声小せえ!」と罵倒してくる不良。「やめなさい」と言いつつ爆笑する女子。あろうことか叱るべき担任までが必死に笑いを堪えていた。

高校で再びそんな目にあったらたまったもんじゃない。
童貞にもプライドがあることを今こそ見せつけねばならない。
僕は高校の部活動だよりを引っ張り出し「二度と応援団にされない」を唯一のコンセプトに部活選びを始めた。

まず全ての文化部が候補リストから外される。
生物部とか写真部とか超ラクそうだが、ラクなとこほど応援団に選ばれるリスクが高い。
もしクラスに帰宅部がいなければ、応援団ドラフトの1位指名は間違いなくここだ。
つまり

運動部一択

とは言ったものの、このメガネ童貞に得意なスポーツはない。
バスケを見るのは好きだが、入部したら応援団以上のきついシゴキが待ってるような気がする。それじゃ本末転倒だ。

一応、小学生の時3年間水泳を習っていた。
ただ一回、背泳ぎのゴールで頭を強打して流血し、それ以来恐怖症になって辞めていた。
とはいえ、このメガネ童貞にできるスポーツは他に何もない。(二度目)

「やっぱこれしかないか・・・」

水泳部に決めかけてたとき
ふと、校舎に掲げられたタレ幕が目に入った。

「祝 水泳部 全国大会出場!」
「いけ!水泳部!!魂の泳ぎで全国優勝!!」

うわ・・・ガチ勢じゃん

この学校の水泳部の練習のキツさは噂に聞いていた。
毎日鬼顧問の罵声とともに10キロは泳がされる。
別名「戸塚スイミングスクール」と呼ばれてるようなとこだ。



ここに入ったらシゴキどころか過労死も視野に入れなくてはならない。
しかも長年の童貞で想像力が豊かになり、海パンをはくと確実に勃起するという性癖もある。
これでは体力以前に倫理上の問題でアウトだ。
最後の砦、水泳部もNGになった。

再びふりだしに戻る。
僕は校舎横にある部室の前を一つ一つ通過しては
「違う、ここも違う・・・」と幽霊のようにさまよい続けた。
そんな絶望に打ちひしがれる僕の前に、ある部のポスターが飛び込んできた。

「山岳スキー部」


ん・・・・?


スキー・・・・??





ここは宮城県のド田舎ということもありスキー部が存在した。
車でわずか30分の所にスキー場もある。
体育会系の匂いは全くしないけど、体裁上運動部だから応援団にもされない。
まさにグレイゾーンを求める僕のために用意されたような部だった。

田舎で良かった・・・

僕は心底そう思い、すぐさま入部を決意した。
これで応援団にされなくて済む・・・。
中学時代の悪夢と決別できる満足感で胸が一杯だった。


3日後、初めて先輩部員との顔合わせの日を迎えた。
新入生の入部は男子6人、女子4人。
しかも女子はみんな可愛い子揃い。

ほら見ろ

安易に水泳部を選ばなかった自分のセンスに心の中で拍手した。
バラ色の3年間、童貞喪失、スキー推薦で大学入学・・・・
童貞ならではポジティヴな未来像が次々と浮かぶ。

新入生同士で談笑してると、やがて山岳スキー部の先輩達が現れた。
スキーのチャラいイメージとは違い、硬派な感じの人が多い。
女子が一人もいないのが気になったが、同学年に4人いるしまあいいか、と特に気にしなかった。

そして最後に部長が登場。
どんな爽やかなジャニーズ系部長が出てくるかと思った僕は
思わず目を疑った。そこにいたのは

純度100%のヒマラヤ男

だった。

「押忍!本日は我が山岳部に入部してくれてありがとう!」

日本兵みたいな話し振りに頭が痛くなった。
今例えるなら、エンタの神様に出てた「世界のうめざわ」に声が似ている。
だいたい山岳部の間の「スキー」はどこへ行った、ハショるんじゃねえよ。

一通り部長の演説が終わると、この部では山登りもするということがわかった。
「山岳」スキー部だからそりゃそうなんだが。
まあスキーは冬しか行けないし、春夏は山登りで体力作りするのもいいか・・・。
僕はしぶしぶ部のコンセプトに承諾し、正式入部することになった。


1ヶ月後、早速2泊3日で新人歓迎登山が行われた。
場所は泉ヶ岳。
ここが冒頭でも述べた冬になるとスキー場になる山だ。
とりあえず当初の目的地に着くことはできた。
しかし何かが余計な気がする。それは

この肩に背負ってる荷物(推定20キロ)だ。

重い・・・死ぬ・・・

一日何時間も歩かされ、完全に腰をやられた。
帰宅部の童貞にいきなりこの試練は厳しすぎる。
2日後、ヘトヘトになって帰って来た。
終わるとあまりのキツさに

女子4人が全員やめた

マジかよ・・・・・・

さすがにこれはショックだった。
残りがもっさい野郎だけになってしまった。
爽やかなスキー部のイメージからどんどん遠のく。

これで卒業まで童貞確定か・・・・・・
(バカの為、クラスやバイトで彼女を作る発想が全くない)


季節は代わり、今度は夏山合宿で朝日連峰に行くことになった。
日本百名山の一つで、登山経験1回の初心者にはかなりの難ルートだ。
そこを6泊7日の長丁場。荷物も1人30キロは背負わされるという話だった。
つまり



完全ガチ


当日、僕は死んだ目のまま朝4時に仙台駅に集まり、電車で山形まで向かった。
そこからバスで計6時間かけて、登山口となる山小屋に到着。
川の近くだったこともあり、野生のアブが大量発生していた。体中刺されまくり。
もう嫌だ・・・こんなの自衛隊イラク派遣と変わらねえ。

しかし、それもこれも全て冬に行くスキーのためだ。
とにかく何も起こらず無事に終わってくれ・・・。
夜中、寝ながら都会の倍は明るく見える星に向かって祈った。

二日後、さっそく事件が起こった。
ベースキャンプに着くと、僕達1年生は山頂でテントを張っていた。
すると突然の大雨が降ってきた。しかもすごい雷。
山の天気は変わり易いと言うが、いくら何でも変わりすぎだ。
雷の音もハンパない。山の頂上だから地上とはボリュームが違う。

おい・・・これ、テントに落ちねえか・・・?

1年生全員の頭に同じ考えがよぎった。
みんな見る見るうちに顔面蒼白に。するとそれを察した部長がニコリと笑みを浮かべながら言った。

「光ってから雷が落ちるまで1秒=1キロだ。 これが3キロ離れてれば安全圏。雷がテントに落ちることはない。(キリッ!)」

あ、そうなんだ。
相変わらずウザったい口調だが、さすがベテランの知恵。ただのヒマラヤ男じゃなかった。
よし、みんなで数えてみようということになった。
雷が光るのを待つ。

ピカッ!!!

「来た!よし数えるぞ! いー」


ドカーーーーーーーーーーーン!!!!(食い気味)



↑↑↑真上↑↑↑



「・・・・・・・・・・・・・(全員気絶)」

 

震えながら待つこと30分、ようやく悪夢のような雷は過ぎ去った。
「良かった・・・」1年生が肩を抱き寄せて喜ぶ。ふと見ると部長がアホ面でジャンプを読みふけっている。
しかも「シェイプアップ乱」で爆笑してたので余計に怒りが込み上げた。
今考えると、僕はあの時人生の運の半分は使ったような気がする。
いまだ独身なのは、たぶんそのせいだ。


安心したのも束の間、翌日更に追い打ちをかけるような出来事が。
目の前に巨大な雪渓が現れたのだ。
ここを登ることは事前に知らされていた。しかし
去年、滑落で2人死んでるという情報はその時初めて知った。

「あー、ビビると思って教えなかったよ、うひゃひゃひゃ!!!」

部長高笑い。
この時、マジで雪渓から蹴り落として3人目にしてやろうかと思った。
雪渓の入り口を見ると、次のように書かれた看板があった。

「この条件に満たない者は登るべからず」

そこには
「登山経験が3回以上」「アイゼン(雪を登る時用のスパイク)を所持してる」・・・
など登るための条件が10個書いてあった。
読んでみると

10か条すべて当てはまらなかった

部長「ちゃんと読んだか?読んだら登るぞ」

もう意味がわからない。
ベテランの部長でさえ4か条ぐらいしか当てはまってないような気がする。
おまえはどうか知らないが、こちとらまだ童貞だ。
ここで死ねないモチベの高さがおまえとは違うんだよ!!(10か条以前にこの発想がすでに山男失格)

何度も滑落の危機に瀕しながら、その雪渓を約4時間で登りきることができた。
何の特徴もない童貞男だが運だけは人より強いようだ。
奇跡だ・・・死んでない・・・
短時間でありえないくらい運を大量消費し、この先もし30代で病死しても文句は言えないと思った。

しかし、試練はまだ続く。
雪渓の上に広がる雑木林にこんな看板があった。



またかよ。
ハンターハンターのククルーマウンテンかここは・・・)
そこでまたヘラヘラ顔のバカ部長に
もしクマに逢ったらどうすればいいんっすか?となげやりに聞いてみた。
すると

「目をじっと見て威嚇しろ、そうすればクマはおまえが自分より強いと思って逃げる。(キリッ!!)」

なるほど、たしかに動物は自分より強いものを襲わない本能があると聞いたことがある。
こちらは身長166センチ、体重50キロ。しかも銀ブチメガネをかけた童貞男。
相手の目をじっくり見さえすれば、間違いなく襲って・・・




くるよ

余裕で襲ってくる。クマにとっては勝率10割の相手。
どう考えても体格差がありすぎる。
プロレスでいえば、ビッグバン・ベイダーがミゼットレスラーと対戦するようなものだ。
つまり

クマに出会う=死

ということだ。
ある日、森の中、熊さんに出会って、すたこらっさっさーと逃げたら死ぬのだ。
いっそのこと一人で引き返そうとも思ったが、この地では仲間と離れることも死を意味する。
つまり、僕には「死に瀕する」以外の選択肢が残されていなかった。

その後も旧日本軍のような地獄のスケジュールをこなし、ようやく最終日を迎えた。
とにかく僕と部員達は生きて下山することができたのだ。
足は靴ズレで皮が剥け、体力的にも精神的にもボロボロだったが
死んでない
その事実だけで十分だった。
色々と言いたいことはあるが、無事に下山させてくれた部長には心から感謝している。ありがとうさんよ!ペッ!!!


そして季節は過ぎ、待ちに待った冬がやってきた。

スキーだああああああ!!!

地獄を経験してきた分、待ちに待った感も格別。
すでにマイスキー板を買って、準備万端の部員もいた。
しかも、この日を待っていたのか、あろうことか

女子部員が全員戻って来た

うわ、調子いい・・・つーか、僕もそうすれば良かった!
でも最高の展開だ。童貞喪失の希望まで湧いて来た。
今日、ついに僕の青春時代が幕を開ける。

僕は待ちきれず、どこのスキー場に行くのか聞きに行くことにした。
無難なのは春山で行った泉ヶ岳だ。
しかし今までの鬱憤を考えれば、豪華に蔵王ぐらいはゲットしたいところだ。
部室へ走り、満面の笑みで部長に声をかけた。

「部長!」
「ん?」
「もう決まりました?」
「ん?」
「冬の予定ですよ!」
「おお、その話なんだが・・・・」
「はい!」
「今、八甲田山の登山ルート調べてたとこだ」
「え?」




死確定


今頃気づいたが、部室の「山岳スキー部」の「スキー」の部分がいつの間にか消されていた。
このヒマラヤ男にはスキーに行くという考えが最初からなかったのだ。
騙され続けた僕らも悪いが、まさかこの年で詐欺商法にひっかかるとは思わなかった。
ああ・・・・・応援団に入っておけば良かった・・・・・。

結局、その後は幽霊部員を通し、3年間で一度もスキーに行くことはありませんでした。

ミッドナイト・エクスプレス

学生時代色々なアルバイトをしてきたが、その中に
運送会社の受付
というのがあった。

体力に自信があったので、荷受作業をするつもりで申し込んだのだが
履歴書の趣味の欄に「書くこと全般」と記したせいだろうか
その夜の電話で

「君、書記やってくれない?」
「え?なんですか、それは」
「トラックの出入りの記録を書いたり、受付でドライバーさんの応対をするの」
「はあ・・・まあ、いいですけど」
「じゃ、明日から頼むよ」

どちらかと言うと対人は得意ではない。
むしろ大の苦手と言った方がいい。コンビニでおでんを注文する時すらドモってしまうような男だ。
そんな男が初対面の人の応対なんかできんのかな。
とんでもない仕事をOKしちゃったなという気持だった。


翌日から、その運送会社の受付に座ることになった。
たいていは僕とマイク・タイソン似の正社員の男と二人で。
受付に野郎2人が座ってドライバーが嬉しいわけがないだろ
と思いつつ、その慣れない仕事を何とかこなしていた。

毎日40人ぐらいのトラックの兄ちゃんが受付にやって来る。
中には気前が良く、わざわざ配送先の名古屋からお土産を買ってきてくれる人もいた。
トラック運転手と言うと硬派で怖いイメージがあるが、実際は物腰が柔らく優しい人も多い。

そのうち僕も慣れてきて、やってきたドライバーとモノマネ対決をし、 勝ったドライバーにコーヒーをタダで配ったりするようになった。
騒ぎすぎて上司のカミナリが飛ぶこともあったが、 最も向いてないはずの対人仕事をこなせてる自分が嬉しかったのだ。

とはいえ
10人が10人、そのノリに合わせてくれるほど世の中甘くない。
神は必ずどこの場所にもジョーカーを仕掛けてくる。

K運送

当時、その会社におけるジョーカ-はここだった。
K運送のドライバーがやって来た時は会社の中に独特の緊張が走った。
トラック会社にはそれぞれ芸風みたいなものがある。

S運送=愛想のいい人ばかり
H輸送=全員が東北弁のお笑い芸人風

といった具合に。
そしてK運送の芸風はと言えばズバリ

ヤクザ

だった。

ここでK運送のデータを簡単に紹介すると

パンチパーマ率
80%(5人中4人)


残り1人はリーゼント。

グラサン率
60%(5人中3人)


しかも全員青か紫のグラデーション
残り2人は僕を露骨に上目遣いで睨んでくるので
むしろグラサンはかけててくれよ、と思った。そして

しゃべる時の巻き舌率
100%


たまに何もしゃべりかけてこない時もあるが
それは無言のクレームで僕を威圧してる時だ。
つまり

常に怖い

一度5人がまとめて受付に勢揃いしたことがある。この時は新組長の襲名披露でも始まるのかと思った。
もちろんK運送は会社内でそれだけの勢力を築くだけあり、仕事ぶりはどの会社より速かった。
受付への到着は常に5番以内。当然仕事の利率がいいので会社側も手放さない。

しかし僕的には
「速い=スピード違反」
ってことなんじゃないのか、というシンプルな疑問が常に頭の中にあった。

一度、同じ時間に出発した世田谷発の近距離便より早く長野から到着したことがある。(通称マッハ事件)
この事件以来、さすがに皆懐疑的な目で彼らを見るようになった。

あいつらフェラーリエンジンでも積んでんのかな?

そんな嘘とも冗談ともつかぬ噂をベース長ですらも口に出すようになった。
実際彼らは当たり前のように車をカスタマイズしてたし、他の車と比べるとあまりに速さが桁違いだった。
F1でいえば全盛期のセナとルーキー1年目の井上隆智穂ぐらいのタイム差。
その異常な速さをいつの間にか僕らも都市伝説のように語り始めていた。

そんなある時、K運送のヤクザドライバー(一番ヤバそうな人)が受付に飛び込んできた。
夜中の4時に。

「お゛い゛」
「は、はい、どうしました?」
「来ね゛えよ」
「え?何がでしょう?」

「何が、じゃね゛えんだよ、人来ね゛えんだよ」


トラックが荷下ろしに出る際、たいてい「横持ち」というサポート役のアルバイトが一人ついて行くことになっている。
それをマイクでアナウンスするのが僕の役割なのだが、どうやらアルバイトが時間通りに来なかったらしい。 それで怒って受付に怒鳴りに来たのだ。

「すいません、今すぐ呼んできます」
「ぞんな゛時間はね゛えよ」
(い、いや、別に急ぎの仕事でもないし・・・ )

彼のプライド上、他の車より遅れを取ることは許されないらしい。
恐れていた最悪の一言が飛んできた

「お゛前が来い」


「ぼ、僕っすか・・・」
「お゛前だよ」
「いや、でも受付の仕事あるし・・・」

上司の方に顔を向けると
俺を巻き込むな、さっさと行け
という内容のことを目だけで訴えてきた。

(よりによって一番怖そうなのと・・・)

「ほら゛、行くぞ」
「は、はい」

重い足取りで階段を下り、ヤクザのトラックにおそるおそる近づいた。
予想通りというか、ベタすぎるというか・・・
まずトラックの側面に

浮世絵が見えた

写楽とか北斎とかそんなセンスのいいものじゃない。
雲の上で龍とマジで戦っている鬼の浮世絵だった。
しかも鬼が圧勝している。

どんなシュールレアリズム・・・

他にも何か描いてあったが、全体を覆い尽くす金色のペインティングがヘッドライトに反射してよく見えなかった。
よーは、ありえないほどの金ピカド派手トラックなのだ。
僕は車体を汚さないよう細心の注意を払って車に乗り込んだ。

「し、失礼します・・・」

すると、いきなり試練が。と言うか罠が。
助手席には、行く手を遮るようにせんべいの袋が山のように積まれていたのだ。

今考えると、気にせず普通にどかして座ればよかったと思う。
しかし動揺する気持が僕によけいな一言を言わせた 。

「あのー、こ、これって、上に座ったら、ダメ、で・・・?」

当たりめ゛え゛だろ!!」 (超食い気味に)


ヤクザは僕の3センチ先まで顔を近づけ、叫んた。
いきなり雰囲気作りに失敗。最悪のスタートを切ってしまった。
SASUKEで言えばローリング丸太でいきなり落ちる山田勝己並みの大失態。
車が発進した後も重い空気が続く。

(ああ、ドラえもーん、時間先送り機出して・・・)

ありもしない道具を妄想しながら、この空気から逃れるための権謀術数を考え続けた。
突然、脳裏に名案がひらめいた。

ここは彼ご自慢のトラックを誉めてごきげんを取ろう。

日本人丸出しのゴマすり作戦だが、とりあえずの緊急回避策としては悪くない。
そう考えた僕はどこか誉められそうな場所はないかと車内をいそいそと探し始めた。
何かないかな・・・・・うーん、ぜんぜんねーな・・・・・あ、そうだ。

さっきの鬼があるじゃないか。

あれを誉めよう。
おそらく彼もお気に入りの絵に違いない。
かなりの金がかかってそうだし、彼にとっては命と引き換えても惜しくないものだろう。
さっそく作戦実行。

「あの・・・」
「あ゛ん゛?」
「トラックに描いてある鬼かっこいいですね」
「あ゛に゛?」
「龍と戦ってる鬼、すごくいいっす」
「鬼??」
「はい、トラックの側面に書いて・・・」

「あ゛れ゛は神様だよ」


「ひええええ、す、すいません!!」

またやっちまった・・・
命と引き換えにしても惜しくない神様を「鬼」呼ばわりしてしまった。
でもわかんねーよ素人には。 どう見ても鬼だろ、あの全裸の赤い化け物は。
チラっと横を見ると、露骨に不機嫌そうなヤクザの顔が目に入った。
もういい、こいつとの友情を築く無謀なチャレンジはやめにしよう・・・

地獄のような無言時間の後、トラックは目的の営業所に到着した。
もはやヤクザは言葉を「う゛」しか発せず、目だけで僕に指示を出してくる。
バケラッタ」しか言わないO次郎と作業してるかのようだ。(見た目違いすぎ)
深夜5時の冷え込んだ夜空にカッコーの鳴き声だけがやけにやかましく聞こえた。

作業を終えると、再びせんべい山を乗り越え車に戻った。
帰りはたぬき寝入りでもしようかな・・・
そう考えたが、今日のアゲインストの風では寝たことすらキレられる公算が高い。
そんなことを泣きそうな顔で考えてると突然ヤクザが話かけてきた。

「おい、お前におも゛しれ゛え゛ものみぜてやるよ」
「え?おもしろいもの?」
「あ゛あ゛」
「な、なんですか???」
「見でろ゛」
「え・・・何・・・」
「いいがら゛見でろ゛」
「はい・・・」

「この先、会社までノーブレーキで走っでや゛っから゛」


「!!!!!!」

ここ町田の現場から昭島のベース店までは20km近くはある。
深夜で車量数は少ないとはいえ、通過する信号は10個以上はあるはずだ。
奴はそこを全て青信号で通り抜けてみせてやると言った。
しかしそれを実現するためには、破らなければいけないものがあるように思えた。

法定速度

「い、いや、そんな、無理しなくていいすよ・・・」
「ビビってんじゃね゛えよ、そら゛いぐぞ!」

僕が止めるのも聞かず、車は突然すさまじいスピードで加速し始めた。
バカによるインディ500レースの開始である。

ブロロロロロロオオオオオ-----!!!!!

10tトラックとしてはありえない高音のエグゾーストノートが夜空に響き渡る。
こ、これが噂に聞いたフェラーリエンジンのパワーか・・・。
恐怖のあまり僕は顔をしかめ、ほとんど目を開けることができなかった。
途中チラッとヤクザの方を見たが、その顔は完全に麻◯中毒者のアレだった。
(こ、こいつ目がイッちゃってる・・・)
結局、ヤクザはその20kmの距離をわずか15分たらずで走破してしまった。

「お゛ら゛、づいたぞ」
「あ、ありがとうございま・・・・・(放心状態)」


以来、そのヤクザはけっこう気さくに話しかけてくるようになりました。
奴が言うには僕が「生きるか死ぬかの時間を共有した仲間」だからだそうです。
いかにもヤクザっぽい考え方だ。
ただ死ぬ時はおまえ一人だけにしてください、お願いします。

※やや誇張してますが、一応、彼の運転する車はギリギリで法定速度内だったと思います。
四捨五入すれば。

タイガーマスクに群がるチビッコ達

十代の頃、プロレスが大好きだった。
当時は馬場の全日本プロレス、猪木の新日本プロレスの全盛期で
地上波のゴールデンタイムでも普通に放送されていた。

友達からも「生で見るプロレスの迫力はすごい」と何度も聞かされ、
いつか自分も会場でプロレス観戦することを夢見ていた。
が、この宮城のド田舎にそうそう来てくれるはずもない。

なにしろ牛が普通にいるようなとこだから。(「牛に邪魔されたから」参照)



そんな時、奇跡が起きた。
全日本プロレスが学校隣の体育館に来ることになったのだ。
僕はプロレスファンの友達と抱き合って喜び、すぐさまチケットを買いに向かった。
普通はチケットぴあとかで入手するのだろうけど、何度も言うがここは宮城のド田舎である。
そのプレミアムチケットは田んぼ沿いの小さな雑貨店で入手することとなった。


手に入れたチケットを見ると馬場と天龍の写真が載っている。
僕は学校でそのチケットを自慢しては不良に奪われ、宝の地図を渡されては発見するというイジメを3度繰り返し、
それでも楽しみの方が勝ったので、その日まで2ヶ月笑顔で過ごすことができた。

そして待ちに待った試合当日。
僕は友達と全速力で自転車を飛ばし、体育館の前で選手の出待ちをした。
都会の大きな会場なら、選手がファンを避けて裏門から入るのが当然なのだけど、
こんな田舎だから、選手は正門から堂々と入ってくるだろうという読みがあった。
と言うか、たぶんこのボロ体育館に裏門はない。

待つこと30分、予想通り最初の選手が現れた。

スタン・ハンセンだった



プロレスを知らない人でも
ウェスタラリアット」の人
と言えば、わかるのではないかと思う。

いきなりの超大物の登場に度肝を抜かれる。
試合では怖いハンセンだが、普段は紳士だということを
プロレススーパースター列伝」の愛読者である僕はよく知っていた。
しかも、あんなコワモテで元地理の先生。安心して握手を求めたら

無視された

ラリアットされなかっただけマシだよ・・・
友達になだめられ、次の選手を待った。
10分後、思ってもない選手が現れた。

タイガーマスク



当時、僕はタイガーマスクの大ファンで、部屋にもバカデカいポスターを貼っていた。
感動のあまり、握手を求めることすら忘れ、ただタイガーの勇姿に見入っていた。

憧れのタイガーが目の前に・・・

その後も次々有名選手が入ってきて、僕と友達は興奮を隠しきれないでいた。
東京からこんなド田舎に越してきて、初めて良かったと心底思った。
会場に入ってからも選手は田舎なのをいいことに(人が少ないことを最大限に利用し)
そこら中をウロウロ歩いたり、トレーニングしたりしていた。
突然、後ろで歓声があがった。
振り向くと

ジャイアント馬場が一般人用のトイレから出てきた。

どうも選手はここを戦いの場と思ってないらしい。
近くに有名な温泉地があるから、この会場で旅館代稼ぎに来ただけなのかもしれない。

試合が始まると、田舎の会場とは思えないほど白熱ぶり。
客の入りを見ると市の半分の人は来てるのでは、と思うくらいの盛り上がりだった。
僕も初めての生の試合に陶酔しきっていた。

と、試合が後半にさしかかったところで、突然こんなアナウンスがあった。

「これから選手によるチャリティーコーナーを始めます」

選手がリング上で募金箱を首から下げ、ファンがリングサイドまで行ってお金を入れにいくのだ。
ふと見ると、タイガーマスクも首から募金箱を下げて立っている。

カッコ悪いーな、断れよ!

と思いつつも、今度こそタイガーに触れるチャンス。
僕は100円玉を握り締め、一目散にタイガーマスクの元に駆け寄った。

さすがに人気者タイガーにはファンがたくさん集まる。
人ごみを掻きわけようやくタイガーの目の前に到着。
僕はタイガーの手をガッチリと掴み、募金箱に100円を入れることに成功した。

ああ、今日のことを僕は一生忘れないだろう。
この日は今まで生きてきた16年間の中で一番幸せな日となった。

そんな余韻に浸りながら、翌月いつものように学校帰りのコンビニで「週刊ゴング」を立ち読みしていた。
すると、そのチャリティーの様子が写真入で紹介されていた。
見ると写真はタイガーだ。

「すげえ、あの時のじゃん」

そして、写真の下には太字で

タイガーマスクに群がるチビッコ達」

と書かれていた。
たしかにタイガーマスクにはチビッコしか群がってない。
大人は馬場とか天龍の方に集まってるからだ。
更に写真をじっくり見ると、子供に混じってアホ面で手を伸ばしてる一人だけ背の高い高校生が混じっていた。

僕だった

田舎の噂は広まるのが異常に早い。
次の日から僕の学校でのアダ名は「チビッコ」になった。

ある日、それを不信に思った担任が僕に聞いてきた。

「お前は身長高いのに何でチビッコって呼ばれてるんだ?」



聞くんじゃねえよ

牛に邪魔されたから

高校時代、仙台から6キロ離れた泉市(現在の仙台市泉区)というところに毎日自転車で通っていた。
最初のうちは舗装されたきれいな道路なのだが、学校のある泉市に入ると道の様相が一変する。

あぜ道のみ

市とはいっても栄えてるのは中心部だけで、あとは田んぼしかないのだ。
しかもそこら中に図鑑でも見たことのない生物がうじゃうじゃいた。
ツチノコまがいの生物を見たこともある。しかも何度かそいつをチャリで轢いた。

また学校の少し手前に牛を飼ってる民家もあった。
それもかなり巨大な牛。ちょうどピンクフロイドのアルバム「原子心母」のジャケットの牛



と同サイスと思っていただきたい。
これが番(つがい)で二匹、毎朝僕を迎えるようにデンと構えているのだ。
どう考えても怖えー。
しかしガタイの割におとなしく、こちらを威嚇する様子もなかったので特に気にしなかった。
「おはよう」と心の中で挨拶し、毎朝横のあぜ道を通り過ぎていた。


その日は寝坊してしまい、急がないと遅刻確実な状況だった。
トーストをくわえたまま家を飛び出し(嘘)、全速力で自転車を漕ぎ出した。
幸い田舎なので車はほとんど走っておらず、全ての赤信号を無視することができた。
(よし、これなら間に合う)
学校前には通称ぬり壁という急な坂道があるが、そこは立ち漕ぎで一気に登れば問題ない。

前日の自慰行為の影響で朦朧とする意識の中、僕は最後の力を振り絞った。
のどかな田んぼの中を猛スピードで疾走し、間もなくぬり壁ゾーン。時計を見るとまだ5分ある。
(よっしゃあ、俺の勝ちだ!)
そう雄叫んだ次の瞬間、まさかの事態が起こった。
それは田舎の高校生には刺激の強すぎる光景であった。


牛(さっきの)が道のど真ん中で交尾していた


首につけているチェーンが思った以上に長かったらしい。
牛はそれをピーンと張ったまま、後背位の体勢で、道路の真ん中でゆっくりと行為に及んでいる。
何とか通れそうな抜け道を探してみるもスキ間はまったくない。

「どうしよう・・・」

ここで童貞高校生(牛以下)が取るべき選択肢は3つあった

A.交尾している牛を脅かしてどかす

B.交尾している牛を上から飛び越える

C.交尾している牛を回避して遠回りし遅刻する


他にも有効な作戦はありそうだが、童貞高校生が考えたポッシブルなミッションはこの3つであった。
童貞はまず作戦Aを決行した。

A.交尾している牛を脅してどかす


一番リスクが少ない上、成功する見込みが最も高いと思ったからだ。
牛たちの怒りを買い、襲われる可能性もあるが、幸い牛はチェーンで繋がれてる。
躊躇してる暇はないので、すぐに実行に移す。

「わお!わお!」

牛に向って大きい声で5回吠えた。

牛、完全無視。

声が小さかったかな?
呑気な童貞高校生は、今度は志村けんのバカ殿のようなハイトーン声でもう一度叫んだ。

「わお~~~!わお~~~ん!!」

3回目を吠えたあたりでガラガラッと隣の家のシャッターが開いた。
見るとおばさんが怪訝そうな顔でこちらを睨んでいる。

そりゃそうだ。どう考えても単なる変質者だろ。
そもそも、この時発した「わお~」の意味がわからない。何の動物に成りきったつもりなんだろう。
犬だったら明らかに牛の方が強いし、百歩ゆずってジャッカルだとしてもこの宮城の田舎牛がジャッカルの存在を知るはずもない。いくら牛と言えど無視されて当然。
やけくそで空き缶でも投げて強制終了させようとも思ったが、このド田舎に自動販売機なんかない。 

男の作戦はすぐさまBに移された。

B.交尾している牛を上から飛び越える


が、ここでもまた問題が。
自転車を降り、それを持ったままヨイショとジャイアント馬場リングインのように牛をまたぐか、
それともチャリに乗ったまま猛スピードで牛に突進し、バイクスタントのように牛を飛び越えるかという究極の二者選択である。
悩む童貞。

と、ここで冷静に今までの状況をもう一度整理してみてほしい。
さっき書いたように牛はピンクフロイドの原子心母級の巨大サイズなこと。
しかも極度の興奮状態中。
下手に触れればその巨体で一気に潰しにかかる可能性も大だ。
そして対する僕は身長165センチ50キロの貧弱な文科系の高校1年生。
しかも童貞。しかも熱烈な浅香唯ファン。コンサートも前5列目で見るようなダメ人間だ。
そう




絶対無理



今思えば、あの時思い切ってバイクスタントを決行し牛を飛び越えてれば、という悔いもある。
そのことに自信を持ち、人生が大きく好転してたかもしれないからだ。

シミュレーション1(キャバクラにて)

「ええ、飛び越えたんですか?、すごおい!」
「なに、たかが交尾してる牛じゃないか(葉巻をくわえながら)」
「いや、それって勇気ありますよ。尊敬しちゃうなあ」
「男なら当然だって(煙を円く吐き出して)」
「もうあたし貢いじゃいますよ。はい100万円」
「おお、いつも悪いねえ。ヒャヒャヒャヒャ・・・」

そんなこんなで今頃、元キャバ嬢の女と渋谷の一等地で富豪生活
なんてことも・・・







結局、ヘナチョコ高校生が選んだ選択肢は最も避けたかった

C.交尾している牛を回避して遠回りし遅刻する


であった。

直線距離1キロはあろうかという巨大な田んぼを迂回し、ヘトヘトになりながら学校に到着したのは1限目が始まってからすでに20分後だった。
大遅刻。ウチの高校は校規にどこよりも厳しいのに・・・。

職員室に入ると、そこには生徒から「大谷パンチ」のアダ名で恐れられていた大谷先生(理由はそのまんま生徒に対して大谷パンチという名のパンチを繰り出すことでこの名がついた)が待ち構えていた。
もう何百発もパンチしたであろう、そのごっつい手から遅刻カードを渡された。

「名前とクラスと遅刻理由を書け」
「え、理由も・・・?」

本当のことを書いて信用してもらえるかなあ。

「交尾中の牛に邪魔された」

ナメてる。だいたい遅刻カードに「交尾」や「牛」という単語を書くことがもうありえない。
そんなこと書いたら必殺大谷パンチが飛んでくるのは確実だ。
かと言って、

「目覚ましが聞こえなかった」

は、ありきたりすぎでかえって嘘っぽい。
おそらく遅刻の常習犯達が毎度つかってる手だろう。
そんな奴らとネタがカブるのは嫌だ。
ネタとチンコは絶対かぶるな、が死んだお爺ちゃんの教えでもある。
僕は正直に書くことにした。とはいえ「交尾」の部分は少し濁して

「牛が道路で暴れていた為、迂回しました」

パンチに恐る恐るそのカードを手渡す。
するとしばらく難しい顔をして黙りこんだと思いきや、突然ニヤっと不適な笑みを浮かべ、
パンチは僕の目を見ないでボソッとこう言った。

「よし、早く教室へ行け」
「え?」
「早く。授業はもう始まってるぞ」
「いいんですか?」
「おう、早くしろ」


まさかの大岡裁き



後で聞いた話ですが、その牛は2年前、生徒に傷害事件を起こし問題視されてた牛だったそうです。


飛び越えなくてよかった